#1自己紹介

あらためて自己紹介を兼ねて自分の経歴や、ターニングポイントなどを書こうと思います。

1996年2月13日生まれA型のISTJ管理者です。

出身は福岡県宗像市で、これまで福岡、宮崎、メルボルン、愛知、そして今北海道(はでっかいどう)に住んでいます。

3人兄弟の末っ子でちょっかいをかけられまくって育ちました。小学校くらいまではよく2つ上の兄について遊んでいました。今でも覚えているのは泥団子どっちが坂の上から転がして壊れないか勝負したり(兄勝利)、ベーブレードをゴーシュッさせられて勝負したり(兄勝利)、遊戯王ルールわけわからんのに手札持たされたり(兄が私の手札チェックして私の分もやって兄勝利)、兄のサッカーのゴールキーパーさせられたり(私骨折)、喧嘩してダイニングテーブルの周りぐるぐる回ってフェイントかけられて引っかかって結局爆笑したり笑

当時はただいじめられてると思ってましたが、思い返すと最高やったなと。

4つ上の姉は私にあまり興味がなく、ファッションや見た目にこだわってました。なので時々私はモデルのように髪の毛をセットされて、庭に連れてかれポーズをさせられて写真を撮られてました。

小学校の時の習い事はテニスとバレーと習字です。姉と兄がプールを習ってたので、私も習いたいと初めて1日目の時に、姉と兄がやめるとなって私もやめたいってなって1日で記憶が正しければやめました。

週末は起きたら3軒隣の近所の幼馴染を起こしにいったり、お互いの家の2階のベランダから糸電話を繋げられないかと考えたり、鉄板の秘密基地を作ったり、道の端っこに溜まるさらさら砂を集めたり、ごっこ遊びをしたりしていました。

中学校高校はテニスをしていました。小学校から高校まで一緒だった友達がいます。その子とは背丈も学力も運動能力もほぼほぼ同じくらいでした。中学では同じテニス部に入って一番手二番手を争っていたのにいつの間にか私が二番手で当たり前になってきたし、いつの間にか身長も追い越すタイミングが無くなった。

私は反抗期なのにその子はずっと優しい。反抗期だったから、その優しさが理解できずその子と沢山喧嘩したって言いたいところだけど怒ってたのは私だけ。中学の時にある先生にその子はあんななのにと比べられたことは今でも覚えてる。先生は冗談だったけど、私は冗談で受け取れられなかった。だって多分自分が1番比べてたから。そんだけ似てる感じだと比べる対象になりやすかった。

高校に入って社会人テニスに2人で入ってペアを組むことになった。2人で生徒会に入った。2人で登下校電車に乗った。いつもバイバイの時は私が帰りたくなさすぎてあの別れる場所でずーーーと私が一方的に話してた。黙ってずっと頷いて聞いてくれた。

その子には「私の全てを受け入れてくれてありがとう」という気持ちでいっぱいです。謝罪の気持ちもいっぱいです。

中学卒業までは純粋な子供心があったように振り返るけど、高校になると少しづつ自我?が芽生え始めた(遅すぎ?笑)

理由は高校が大きい高校だけど、知ってる人がほぼいなかったから。

なにも私を知らない人と1から友達になる方法がわからなかったし、心の開き方もよくわからなくなった。

高校生活は、高校受験にいわゆる失敗をしたのがあって勉強勉強で大学は国公立に行くと意気込んでいた。折角の青春時代が〜もう少し楽しみたかったな。

大学受験で決めたことは実家から出て一人暮らしがしてみたいということと、留学できる大学に行くこと。

晴れて宮崎の大学に入学。だけど大学生活は自由すぎてすごく不自由だった。宮崎テレビ2チャンしかないからテレビもないし、その頃YouTubeもないからなんもないし、やることない!!!今思えばそれがあったんやけど、あの頃は何もない!が苦しかった。

自分が本当に好きなことってなんなんやろって考えたい気持ちと、そんなのを考えたりするのがきつくて誤魔化したい気持ちと。

3年半誤魔化し続けた。

3年の後期の時に、ずっと夢だったオーストラリアへのワーキングホリデー。嫌なことはぜーーーーんぶ日本に置いていって、ほぼ空のキャリーバッグとリュックに使えそうな服だけ詰めてもっていった。(メルボルンの天気とか調べずにイメージ熱いやろ〜!って思ってもっていったら寒くて驚いた)

1年間の中で残ってることは、働くってワクワクが原動力でいい、日本って素晴らしい(言葉が通じる、トイレ綺麗、風呂最高、不自由ない)、当たり前って有難い、私って1人で生きていけないし1人で生きてない支えられてるということ。

ワーホリから帰国して就職活動をし、ヨガと出会った。ヨガは私にたくさんのいい変化、出会い、学びをくれている。インドにいって迷子になった私は、私がヨガを通して向かっている方向性が不安になった。帰国してからもいろいろ迷いながら練習していて、もういっそ練習しない方がいいんじゃないかとか迷走。そんな時にある先生と出会い、「あなたはあなたのままでいいよ」と本心で直球な言葉をいただいて肩の力が抜けた。あんなふうに思っちゃう自分が嫌になったり、そう思った自分を責めてしまったり、だけどその気持ちに蓋をしてみると苦しくなったり色々あったけどそれもこれもとりあえず自分を自分で受け入れてあげたいと思った。

今もずっと悩みながらで、時々これは前に向かって進んでるのかなと思うことがありますが、昨日思ったのは私はきっと螺旋階段を登っていってるんじゃないかと。前に進んでるのか後ろに下がってるのか分かりにくいけど、ヨガの階段を一歩上った時のことを思い返すとこれはきっと前に進んでいっている。

先生からの言葉がどこかいつも私の味方をしてくれています。

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